Amazonのオーナーライブラリで『「超」怖い話 怪顧』という本を読みました。

本作は、1991年に第一作が発刊された怪談集『「超」怖い話』シリーズの、いわばスピンオフ作品という位置づけで、現在、廃盤となり手に入らなくなった本に収録されたエピソードをはじめ、雑誌に掲載したけれど文庫版に収録されなかったエピソードを中心に、加藤一氏が厳選した怪異を電気書籍専用本として、発表したものです。

わたしは、小学生の頃から怪談が好きで、『ルール』という映画を観たあたりから、都市伝説に興味を持ち始め、現在はネットで時々そのてのサイトを眺めていたりします。ホラー映画やスリラー作品を好んで鑑賞する性格も、このあたりから起因しているのかもしれません。

という事で、今回は『「超」怖い話 怪顧』の感想を書いていくんだぜ?

ちなみに、わたしは、『「超」怖い話』シリーズを読んだ事がありません。



スポンサーリンク



怪談好きの間では有名な本『新耳袋』、比較的ライトな怪奇譚を楽しめる『「超」怖い話』、そして稲川淳二さん。この3つで、三大実話怪談と呼ばれているらしいです。稲川淳二さんについては、わたしは、怪談ツアーに参加していますし、『新耳袋』も最初の頃は読んでいました。けれど、なぜか『「超」怖い話』については触れてきませんでした。なんででしょうかねぇ。

という事で、スピンオフとはいえ、『「超」怖い話』初心者のわたし。Kindleで読んでみましたよ。



文章が意外と読みづらい『「超」怖い話 怪顧』

慣れたら気にならなかったのですが、文章そのものは、あんまり洗練されていませんでした。最初、結構、読みにくい感じ。今でいうと、ブログとか、そういうもので文章を読んでいる。そんな印象がありました。

読み進めていくうちに、この方のクセみたいなものもわかり、読みやすくなりましたけど、それまでは、ちょっと大変でしたね。

どうしても『新耳袋』と比較してしまい、「耳袋は、もうちょっと文章が上手だったよなぁ」なんて、失礼な事を横切ってしまいました。

でも、文章を日常的にあまり読んでいない人で、実話怪談に興味のある人には、結構、オススメできるものでした。



怪奇譚が多い印象のある『「超」怖い話 怪顧』

「おっ?」と思うような怪談もありますが、「えぇ?」というような怪談……というか怪異もありました。体験した本人にしか、その不気味さはわからないというものです。その最たるものが、ペンの話。加藤氏が取材中に、「絶対に書いてはいけない話」を聞いた時に、持っていたはずのボールペンがなくなったけれど、その後、すぐにペンが現れたというエピソード。話だけ聞くと「へぇ~」としか思わないんですが、これは体験した本人にしかわからない、不思議体験ですよね。

「あぁ、わかるわぁ~」なんて話もちらほらでてきますので、親近感がわきやすい怪談集といったところでしょうか。



ボケとツッコミのような『「超」怖い話 怪顧』

他の怪談集と違うなぁと思った部分は、時々、筆者のツッコミが入るというところ。それを読んで「ふふっ」ってなるのは、加藤氏は、そもそも怪談畑の人ではないからできる事で、本作でしか味わえないものになっていますな。

わたしは、このあたり、結構好きで、今でも手に入るシリーズを、ちょっと読んでみたいなぁなんて思いました。



タブーも関係ない『「超」怖い話 怪顧』

ある大きなエピソードが断片的に語られている本作。そのエピソードなんですが、今でいうところの<自己責任>系という印象があります。<自己責任>系というのは、「読むだけで呪われる可能性がある」という怪談です。「書いても読んでも聞いても呪われる」。『残穢』でいうところの「業が深いエピソード」ですね。本文中には、読むだけで影響が出るとは書かれていないんですが、そこにカテゴライズされる可能性の高い怪談がありました。

昔から、いわば「本物」や「影響がでやすいもの」は、表には出さないという暗黙のルールがあるように思います。それを、本作は無意識にかもしれないですが、スルーして、そのエピソードを収録しています。このエピソード、怖いというよりは、かなり不気味で気持ちが悪い内容となっていて、繰り返し読みたいとは思わない一方で、このエピソードだけで、本を一冊書いて欲しいとも思いました。



『「超」怖い話 怪顧』の感想まとめ

ひとつのエピソードはほどよい長さなので、読みやすく、怖かったり、笑ったり、気味が悪かったりと、いろんな味が楽しめる、オススメの怪談集でした。本屋では手に入らない電子書籍なので、怪談や怖い話が好きな人は、この機会に読んでみてはいかがでしょうか?



この記事がイイネ!と思ったら下のブログランキングボタンをクリックして頂けると嬉しいです☆

人気ブログランキングへ